ある著名人からの年賀状

私が小学生の頃、近くに住んでいて、とても仲が良かった友人から『ドラえもん』を教えてもらいました。当時はアニメ化される少し前で、『ドラえもん』はまだまだ知る人ぞ知るマンガだったのです。

某月刊誌で連載されていた『ドラえもん』に私は釘付けになり、四次元ポケットから出てくる不思議な道具に、ワクワクしながら読んでいました。

やがて『ドラえもん』がアニメ化されると、その人気はうなぎ登りになり、クラス中の生徒たちがアニメを見だし、翌日の話題となりました。

そして私と友人はただ『ドラえもん』のマンガやアニメを見ているだけでは満足しきれずに、藤子不二雄先生のように、自分たちで合作してマンガを描いてみようということになりました。

まだ小学生だったので、限りなく藤子不二雄作品を真似たようなマンガでしたが、構想を二人で話すところから作業が始まり、下書きの他、ペン入れまで行ない、何十ページも二人で描き上げました。

そうした作品は、お互いどちらかの家で制作し、完成するとそれを学校に持って行き、学級の壁新聞にそのまま貼って、クラスのみんなに読んでもらっていました。

他の友人たちから「面白い」などと言われると、私も友人も調子に乗ってしまい、家でも宿題をそっちのけで描き続け、目にはものもらいまでできるほどでした。

学校のクラスの友人たちや先生には「すごい」という評価は得たものの、自分たちのマンガは藤子不二雄先生にはどのように映るのだろうと漠然と思い、私と友人は藤子不二雄先生に手紙を書いてみることにしました。

『ドラえもん』が連載されていた某月刊誌に、ファンレターのあて先が書かれていたので、自分たちのマンガと手紙を添えて、先生にお送りしました。

二人でマンガと手紙を入れた封筒をポストに投函する際、私も友人も妙に緊張していて、ちゃんと届くのか不安でした。

この手紙を送ったのがすでに冬、12月頭のことであり、それから待てども待てども藤子不二雄先生からの返事はありませんでした。

お互いの両親からは、売れっ子の漫画家なんだから返事を書くのはきっと難しいだろうと言われ、半ばあきらめかけていました。

やがて、新年を向かえ、藤子不二雄先生に手紙を出したことすら忘れかけた頃、私と友人宅に、先生から年賀状が届いたのでした。

その年賀状には私たちが大好きな『ドラえもん』が描かれ、あけましておめでとうと書いてありました。

私と友人は手を取り合って喜び、新年早々あまりのサプライズにクラスのみんなに自慢してばかりいました。

その年賀状は今でも大切に保管しています。
アルバイトで年賀状の仕分けを行った頃、いろいろなデザインがあっておもしろかったです。私も毎年どんなイラストを添えようかわくわくします。